夏になると、この宿でぬる湯にはまった時のことを思い出す。　
体温と同じ36度という源泉の中で、濃い緑を眺めながらの1時間。　
母親の胎内にいた時はこんな感じ？と思うほどの心地よいリラックス体験となった。　
ただひたすら自分と向き合う時間にもなり、思う存分、湯船でもの思い。　

最初にぬる湯の心地よさを教えてもらったのが
この宿だった。

取材の合間、ふいに時間ができた。
「試しに1時間だけ入ってごらん」と宿の人が言う。
あれこれ作法や効能なぞを並べられていたら遠慮していたかもしれない。
「入ったらわかるよ」。
その一言こそ、ぬる湯にはまるきっかけだった。

階段をひたすら降りたその先に霊泉「したの湯」がある。
木枠の窓から日差しが注ぐ昼湯も、静けさの中に身を沈める夜の湯あみもたまらない。
源泉の温度は36度で、湯船の真下から源泉が湧き、かけ流しにされる。
湯ノ沢の清流や鳥の音に耳を傾け、そっと目を閉じる。

ラジウム温泉は万病の湯と言われる。
温泉や空気中に含まれるラドンが細胞を活性化して免疫機能を整えるという。
長く浸かることで微量のラジウムがじわじわと肌から浸透して細胞を刺激。
空気中に放出されたラドンは、深呼吸して体に取り込む。
浸かって吸って、さらには飲んでもよし。
抗酸化作用も高まり、体が酸化するのを、つまりは細胞の老化を防いでくれる。
さらに新陳代謝もアップし、デトックス効果も期待できるとか。

浸かれば浸かるほど、
湯の効能を実感

おまけにぬる湯だから、長時間入ってものぼせることもない。
しばらくすると自律神経から副交感神経へと切り替わり、体の緊張もほぐれていくのだ。
昔からこのぬる湯になるべく長時間浸かり、最後に加温した上がり湯でさっと温まって出る「長湯」が親しまれてきたという。

湯に浸かるだけの１時間を持て余してしまうのではないか。
最初はそんな風に思ったが、いらぬ心配である。
湯温はちょうど体温と同じだからか、ストレスフリーの無重力状態にいるような感覚でひたすら心地よい。
頭を湯船の縁に預けると体がプカーと浮いてゆらゆらの揺れるのを楽しんだ。
どこまでが体で、どこからが湯なのか。
１時間では物足りないくらいで、心までふやけていった。

開湯は奈良時代と古い。
江戸時代には湯治宿として営んでいた記述もあり、かれこれ約400年にわたって、一体、どれだけの人の疲れを癒やしてきたのだろう。
たまたま同じ湯に入った人のとめどない会話が耳に入ってくる。
旦那や姑の愚痴、子どもの悩み、みんなおんなじ様なことで心がざわざわするものだ。
温泉の神様はいろんな愚痴や悩みも洗い流してきたんだな。

湯治場風情が漂う貴重な一軒

今も湯治宿の名残りをとどめ、連泊プランもちゃんとある。
食事は一汁四菜が基本。食事を自家製野菜のスムージーに置き換えるプチファスティングまであり、豪華な食事とお酒で享楽を楽しむ場所とは違う。
だからこそ、ひとりがいい。

連泊湯治客のためにお昼ご飯は食堂でざるそば、ラーメン、カレーなどもあるし、月に2回、座禅が体験もできるとか。
おまけに、ひとり旅専用の部屋もあり、リーズナブルで宿の一番人気だそう。
もっと言うなら、浦佐駅からの送迎のサービスもあるから新幹線でのふらり旅も楽ちんだ。

施設情報

栃尾又温泉『自在館』
tel／025-795-2211
住所／新潟県魚沼市栃尾又温泉
泉質／①単純放射能泉　②単純弱放射能泉
効能／①②痛風、関節リウマチ、強直性脊椎炎、自律神経不安定症、健康増進
日帰り入浴／要予約11時～13時、大人1,000円※大浴場のみ利用可、都合により休むことあり
料金／1泊2食付き1室1名利用13,070円～※入湯税150円別
HP／https://www.jizaikan.jp/